遺言は元気なうちに作成することが重要なのですが、急病や余命宣告を受けた後に遺言を作成しようと決心される方も少なくありません。しかし、いざ遺言をのこしたいと思った時には、字が書けないほど体調が悪化してしまっているというケースも存在します。今回のコラムでは、病気等により、字が書けなくなってしまった場合に遺言を作成する方法について解説したいと思います。
字が書けない場合には自筆証書遺言は作成できない
遺言にはいくつか種類がありますが、最もポピュラーな遺言として自筆証書遺言という遺言があります。
自筆証書遺言は、その名が示すとおり、「自筆」で作成する遺言となるため、遺言の本文等を、原則として、全て自書する必要があります。自筆証書遺言を代筆することも法律上認められていません。
ですので、遺言に署名したり、遺言の内容をご自身で書くことができない場合には、自筆証書遺言以外の遺言を作成することになります。
添え手による補助を受けた自筆証書遺言
全く字が書けないわけではないが、高齢や病気等により、手が震えるなどして単独で字を書くことが困難な場合に、いわゆる「添え手」による他人の補助を受けて遺言を作成したいという方も少なくありません。
判例によると、「添え手」による他人の補助を受けて自筆証書遺言を作成することも一部認められる場合もありますが、その際には、以下の要件を満たす必要があるとされています。
1.遺言者が証書作成時に自書能力を有していたこと
2.他人の添え手が、単に始筆又は改行にあたり、又は字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであること
3.他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できること
他人の補助があった場合の遺言の有効性は、上記のような要件のもとに、厳格に判断されるため、他人の手助けが必要な状況では、遺言の有効性に疑義がでないように、別の手段を検討することをおすすめします。
上記の要件を判示した最高裁の事案では、妻が本人の手の震えを止めるため背後から手の甲を上から握って支えをしただけでは、遺言者は到底本件遺言書のような字を書くことはできず、本人も手を動かしたにせよ、妻が本人の声を聞きつつこれに従って積極的に手を誘導し、妻の整然と字を書こうとする意思に基づき本件遺言書が作成された、との認定に基づいて、添え手により作成された自筆証書遺言を無効と判断しています。
公正証書遺言という方法
手の震えや病気等により、字を書くことが難しい場合には、公正証書遺言を作成するのが最も有効な手段となります。
公正証書遺言は、遺言者から聞いた内容を公証人が文章としてまとめ、遺言として作成します。遺言の内容は本人が公証人に伝える必要がありますが、文章や遺言自体は公証人が作成してくれるので、遺言者本人が自書する必要はありません。
また、公正証書遺言は、公証役場に遺言者本人が出向いて作成するのが通常ですが、病気等により公証役場に出向くのも困難という場合には、公証人に病院等に出張してもらうことが可能です。なお、出張を依頼する場合には、別途費用がかかります。
一般死亡危急者遺言とは
一般死亡危急者遺言とは、病気やけが、その他の有事によって遺言者に命の危険が迫っている状況で行う特別な方式の遺言になります。
字を書くことができず、公証人に依頼するのも間に合わない、命の危険が差し迫った緊急時には、この一般死亡危急者遺言を利用することになります。
一般死亡危急者遺言は、3人以上の証人のもとで、遺言者が口頭で遺言内容を説明しそれを文章に書き起こすことで遺言としての効力が得られます。実際に文章を書き起こすのは、証人でも構いません。遺言書の内容は他の証人や遺言者本人に伝えられ、間違いがなければすべての証人が署名押印し、遺言書が完成します。
注意点として、一般危急時遺言が作成された場合、20日以内に家庭裁判所で確認手続きを受けなければなりません。期限内に手続きをしないと無効となってしまうので注意が必要です。
おわりに
今回のコラムでは、病気等により、字が書けなくなってしまった場合に遺言を作成する方法について解説しましたが、いかがだったでしょうか。
字が書けなくなってしまった場合、自筆証書遺言を作成することはできません。自筆証書遺言の代筆はもちろん、添え手による他人の補助があった場合も、その遺言が無効となってしまう可能性が高いため、まずは公正証書遺言の作成を検討することをおすすめします。字が書けないだけでなく、命の危険も差し迫っているというような状況では、一般危急時遺言という特別な遺言を作成することになります。
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