相続の典型的なケースとして、父が亡くなり、被相続人の妻である母と、その子が相続人となるというケースがあります。そのような典型的な相続のケースでは、父の遺産を全て母に相続させたいと考えるご家族の方も多く、実際にそのように相続させることが頻繁にあります。今回のコラムでは、父の遺産を全て母に相続させる方法やその際の注意点を解説したいと思います。
母が全ての遺産を相続する旨の遺産分割協議書の作成
相続が発生し、遺言がない場合、遺産は法定相続分に従った割合で、相続人間で共有状態となります。
上記の共有状態は、遺産分割協議が成立するまでの暫定的な措置となりますので、具体的に誰がどの遺産をどのように相続するのかについては、相続人全員で行う遺産分割協議によって決まってきます。
遺産分割協議においては、法定相続分は、一種の遺産分割の目安にはなりますが、必ず法定相続分通りに遺産を分けなければならないという決まりはないので、当事者である相続人全員の合意が得られるのであれば、法定相続分とは異なる割合で遺産を分割することが可能であり、特定の相続人に全ての遺産を相続させることも可能です。
ですので、典型的な相続のケースにおいて、父の遺産を母に全て相続させる場合にも、相続人である母と子で遺産分割協議を行い、父の遺産は全て母が相続する旨の合意を形成し、その内容を記した遺産分割協議書を作成すればよいことになります。
父の遺産を全て母が相続する旨の遺産分割協議書があれば、例えば、実家の名義を母の単独名義にすることが可能となりますし、また、凍結された預金口座も母名義に変更することも可能となります。
子が未成年の場合には特別代理人が必要
遺産分割協議は、その協議の内容によって、財産を取得したり、失うことがあるため、協議に参加するためには、一定の判断能力が必要になります。財産の得喪に関わる判断を行う能力のことを、専門用語で行為能力といいます。
未成年者の行為能力は法律上制限されていますので、遺産分割協議に未成年者が自ら参加することはできません。
通常、未成年者に代わって親権者である親が代理人となって契約等の法律行為を行うことになるのですが、遺産分割協議のような場面では、親自身も当事者の一人となって関わることがあるため、未成年者と代理人との間で互いの利益が相反する関係(利益相反関係)になってしまうケースがあり、そのような利益相反が認められる場合には、親は未成年者である子の代理人となることはできなくなります。
親が利益相反により代理人になれない場合には、家庭裁判所に申立てを行い、特別代理人という文字通り特別な代理人を選任してもらう必要があります。
特別代理人について詳しい解説は
「第16回相続コラム 未成年の相続人がいる場合の遺産分割協議と特別代理人」をご覧ください。
母に遺産を譲るための相続放棄には注意が必要
母親に遺産を譲るために相続放棄したいという相談を受けることがありますが、母親のために子が相続放棄をしたとしても、意図した結果を得られないばかりか、かえって相続手続きが複雑化する危険性もありますので注意が必要となります。
例えば、父・母・子という家族構成で、父が亡くなった場合には、相続人は母と子の2人になります。ここで、子が相続放棄をした場合、必ずしも母のみが相続人になるとは限りません。仮に、父の両親が健在だった場合、子の相続放棄によって相続の順位が変動し、母と父の両親が相続人となりますし、また、父の両親は既に他界していたとしても、父に兄弟姉妹がいる場合には、母と父の兄弟姉妹が相続人となってしまいます。
相続人には順位があるため、後順位の相続人がいる場合に相続放棄をすると、相続権が後順位者に移る結果となり、母に全て遺産を相続させたいという目的を達成できないばかりか、母が義理の両親や義理の兄弟姉妹と遺産分割協議をしなければならなくなり、かえって相続手続きが複雑になってしまうおそれがありますので注意が必要です。
二次相続時の相続税に注意
父が亡くなった際には(一次相続)、母が全ての遺産を相続すると、配偶者控除を利用することにより、相続税が安くなるケースがほとんどとなりますが、その後、父に次いで母も亡くなった際、これを二次相続と言いますが、その際には、配偶者控除は使えませんし、一次相続時より二次相続時の方が、単純に相続人の頭数も減っていることになるため、相続税の控除枠も減り、相続税が高額になってしまうケースがあります。
遺産の額が大きい場合には、一次相続時だけでなく二次相続時を含めた相続税額のシミュレーションを行うことが重要となります。
母が高齢の場合には認知症のリスクに注意
遺産を全て母名義で相続させた後に、その母が認知症になってしまった場合、仮に、施設に入所する費用を捻出するために、実家を売却しようと思ったとしても、母名義の実家を売却するためには、母に家の売買契約を締結する能力が法律上要求されるため、認知症の母にはそのような能力はないものとして、実家の売却ができず、必要な入所費用の調達が困難になるおそれがあります。また、認知症と判断されると、銀行口座も凍結され、せっかく相続したお金も引き出すことができなくなってしまうおそれもあります。
認知症対策の一環として、母が高齢の場合には、いつでも実家を売却できるように、実家の名義を母名義ではなく子名義にしておくという方法も有効となります。
なお、認知症対策には民事信託を活用するという手段もあります。民事信託について詳しくは
「第26回相続コラム 認知症になる前に利用したい親子信託(民事信託)のススメ ~導入編」をご覧ください。
おわりに
今回のコラムでは、父の遺産を全て母に相続させる方法やその際の注意点を解説しましたが、いかがだったでしょうか。
父が亡くなり、被相続人の妻である母と、その子が相続人という典型的なケースでは、多くのご家族が、亡くなった父の遺産を全て母に相続させるという選択をされますが、その際には、相続放棄ではなく遺産分割協議を行うということと、本コラムで解説した注意点を踏まえて柔軟に対応することが大切となります。
亡くなった父の遺産を全て母に相続させたが、本当に全て母名義にして問題はないか不安という方や、二次相続対策や認知症対策に興味のある方は、相続の専門家に相談することをおすすめします。
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