令和6年3月19日に、相続回復請求権と取得時効のどちらが優先するのかについて最高裁で興味深い判例が示されました。今回のコラムでは、相相続回復請求権について説明しつつ、相続回復請求と取得時効のどちらが優先するのか、判例をもとに解説したいと思います。
相続回復請求権について
相続回復請求権とは
相続回復請求権とは、本来相続権を有する、真正な相続人が、相続人であると称して相続権を侵害している者に対し、自分が正当な相続人であることを主張してその侵害を排除し、相続権の回復を請求する権利のことをいいます。
簡単に言うと、相続回復請求権は、真正な相続人が、相続人として振舞っている、いわばニセモノの相続人から、遺産等を取り返す権利と言えます。
相続回復請求権を行使する人と行使される人
相続回復請求権を行使できる人は、正当な相続人、つまり真正な相続人となります。この者を専門用語で真正相続人と呼びます。
相続回復請求を行使する相手方は、相続人として振舞い、相続人の権利を侵害している者となります。この者を専門用語で表見相続人と言います。
表見相続人の例として、自身の相続分を超えて相続権を主張し、遺産を占有している共同相続人や相続欠格・廃除により相続権を失っている(元)相続人などが挙げられます。仮に、全く無関係の赤の他人が、遺産を占有している状況があった場合には、そのような占有者は、単なる不法占有者にあたりますので、相続回復請求権ではなく、通常の妨害排除請求や返還請求などで対応します。
相続回復請求権の時効
相続回復請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年、または、相続開始の時から二十年で時効によって消滅します。
民法第884条
相続回復の請求権は、相続人又はその法定代理人が相続権を侵害された事実を知った時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から二十年を経過したときも、同様とする。
相続回復請求権について詳しい解説は
「第136回相続コラム 相続権が侵害された場合に行使できる相続回復請求権とは何か」をご覧ください。
相続回復請求権vs 取得時効
事案
Aさんが亡くなり、その相続人としてAさんの子であるXさんがいました。Xさんは唯一の相続人でしたので、Aさんが所有していた不動産を相続し、相続登記も済ませ、所有の意思をもって、その不動産に10年間1人で住み続けました。ところがある日、Aさんが残していた遺言書が見つかり、その遺言書では、不動産をXさんではなく、甥のYさんに譲る旨の記載がありました。
さて、この場合、Yさんは相続回復請求権を行使して、Xさんから不動産を取り戻すことができるのでしょうか。
(※分りやすくするために判例の事案とは異なり、簡略化しています。)
問題点
遺言書による真正相続人であるYさんは、相続回復請求権を行使したいと考えてます。相続回復請求権には短い消滅時効が設けられていますが、自身が真正相続人だと知り、相続権が侵害されたと知ったのは、遺言書が発見された時点と考えられるので、相続回復請求権の消滅時効は未完成であるので、相続回復請求権自体の主張は認められそうに見えます。
しかし、他方で、Xさんは、問題となっている不動産について、所有の意思をもって10年間住み続け、また、遺言書の存在を知らなかった以上、他人の不動産に住んでいることについて善意・無過失と考えられるため、取得時効を援用することが考えられます。
Xさんが取得時効を援用した場合に、Yさんは相続回復請求権を行使し、不動産を取り戻すことはできるのでしょうか。消滅時効完成前の相続回復請求権と取得時効のどちらが優先するのかが問題となります。
結論
この点について、最高裁は、「表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができる」と判示しました。
つまり、Yさんの相続回復請求権の消滅時効は未完成で、行使可能であったとしても、Xさんが不動産について取得時効を援用した場合には、不動産はXさんの物になるので相続回復請求権によって取り戻すことはできないということです。
その理由として、最高裁は、以下の2つの理由を挙げています。
一つ目の理由として、相続回復請求権の消滅時効と所有権の取得時効は、「要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない」し、また、「相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない」ことを挙げています。
二つ目の理由として、「民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにあるところ」、取得時効が完成しているにも関わらず、「真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しない」ということを挙げています。
分りやすく、簡単に説明すると、相続回復請求権の消滅時効と取得時効との関係については、法律上、特に優劣関係はないし、相続回復請求権権を行使できる間は取得時効が完成しないという規定もない。つまり、相続回復請求権が取得時効に優先するという規定はないよということです。
そして、そもそも相続回復請求権について消滅時効を定めている趣旨は、相続に伴う法律関係を早期に確定させるところにあるので、消滅時効が完成するまでは何でも取り戻せるという趣旨ではないよ。取得時効が成立したものまで覆して取り戻せるとすると、かえって法律関係が混乱すると、早期安定とはほど遠くなるよね、ということです。
参考:最高裁第三小法廷令和6年3月19日判決
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=92826
おわりに
今回のコラムでは、相相続回復請求権について説明しつつ、相続回復請求権と取得時効のどちらが優先するのか、判例をもとに解説しましたが、いかがだったでしょうか。相続回復請求権については、実務でも主張する場面に滅多にお目にかからない珍しい権利ですので、その意味では貴重な判例と言えるでしょう。
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