人生100年時代と言われてますが、必ずしもいい事だらけではありません。平均寿命と、人が自立した生活を送れる期間=健康寿命との間には、男女間で差はあるものの、およそ10年くらいの開きがあります。また、認知症の発症率も年々増加傾向にあり、およそ5人に1人が認知症になるというデータもあります。今回のコラムでは、人生100年時代の備えとして、親子信託の活用について解説したいと思います。
認知症になると契約などができなくなる
認知症を発症した場合、法律上、いくつかの問題が発生してしまいます。
少し専門的なお話になってしまいますが、人が契約を結んだり、遺言を書くなど、法律上の効果を発生させる行為(法律行為)を行うためには、物事を正常に判断する能力(事理を弁識する能力)が必要とされています。
認知症の程度にもよりますが、法律上必要とされる意思能力や事理弁識能力を欠くと判断されてしまうと、その方は法律行為を行うことができなくなってしまいます。
具体的には、金融機関に意思能力がないと判断されれば銀行口座からの引き出しや定期預金の解約ができなかったり、実家を処分しようとしても売買契約を結ぶことができなくなってしまいます。家の修繕を業者に頼もうと思っても、修繕に関する契約ももちろんできませんし、お金が入用になったから定期預金を解約したり、証券を売却するなんてこともできなくなります。
認知症と成年後見人制度
認知症になり、法律行為ができなくなってしまった場合には、家庭裁判所において、成年後見人という本人に代わって法律行為をしてもらう人を選任してもらう必要があります。
成年後見人が選任されると、その者が本人に代わって、口座からのお金の引き出しや必要な手続きを代理で行うことになるのですが、この成年後見人制度も万能ではありません。
成年後見人は、家庭裁判所に選任してもらう必要があるため、選任を申し立てるであろうご家族の自由な意思で選ぶことが出来ません。財産の多寡にもよりますが、弁護士や司法書士などの法律の専門家が選ばれることもあります。その場合には、毎月一定額の報酬が発生し、これは一度選任されると、原則として、生涯ずっと発生し続けてしまいます。
また、成年後見人は、認知症になった本人のために財産を保全・維持のために行動するので、状況に合わせて柔軟な対応をするということが困難になります。例えば、自宅を売却して施設の入居費用を捻出しようと思っても、自宅の売却は保全・維持を超える行為となるので、その際には成年後見人は家庭裁判所の許可がないと売却できません。柔軟で自由な発想の財産管理には成年後見人制度は不向きと言えます。
認知症と遺言
近年、終活ブームにより、万が一に備えて遺言書を書かれる方も非常に多くいらっしゃいます。遺言自体は、大変有用なツールとして機能しますが、認知症対策としては不十分な面もあります。
遺言書は、それによりご自身の自由な意思で、財産を処分・分配することが可能ですが、遺言が効力を発揮するのは、当然「相続の開始後」になります。
万が一に備えて遺言書を作成し、ご自身の意思を遺していたとしても、存命中には一切効力は発生しないので、認知症を発症した際には、やはり成年後見人制度を利用するしかないという結論に達してしまいます。
成年後見人制度や遺言では不十分なところを補完する親子信託
いざ、認知症になってしまったら、成年後見人制度を利用するしかなく、それは柔軟で自由な発想での財産管理には不向きとなります。また、万が一に備えて遺言を準備していたとしても、その効力が発生するのは、相続開始後であり、存命中の備えにはなりません。
そこで、近年注目されているのが、従来の方法ではできなかった柔軟な財産管理ができる親子信託、民事信託という手法です。成年後見人制度では難しかった柔軟な財産管理が可能であり、また、ご自身の存命中でも効力が発揮する有効な手段となります。
今回の導入編では、なぜ親子信託、民事信託という手法が注目を集めているかの理由について解説しました。次回以降、親子信託の具体的な内容について解説していきたいと思います。